
子年(ねどし)が去り、丑年(うしどし)がやってきました。
詩人の中村稔氏は、虚子の有名な「去年今年貫く棒の如きもの」を「剛毅」としつつ、
時間は空間的なものではない。
時間を空間に置き換えて認識あるいは感受しているこの句は、
ぼくにとっては面白くない。
我々にとって時間は、「過ぎ去っていくもの」として認識する以外にありえない。
今この瞬間を喪失していくのです。
時間を失うことの連続が、われわれの生なのです。
として、森澄雄さんの
年過ぎてしばらく水尾のごときもの
を、優美で典雅な佳句としています。(中村稔著『私の詩歌逍遥』より)
